好きな時に好きなだけ。

近ごろ、はじめたこと。

ヨガをはじめた。アプリを使って。
週2回を2週間、2回つづけられたので、これからも続けられるようにと、思い切ってヨガマットとウェアも|揃《そろ》えてみた。

筋トレじゃなくて?ヨガなの?

むかし|運動部《うんどうぶ》に|入《はい》り、一日じゅう走ったり|跳《と》んだりしていてこんなことを言うのもアレなのだけれど、わたしはもともと体を動かすことがあまり好きではない。運動はできると言われた方だったけれど、できるなら、家で一日中ゴロゴロまったりしているのが好きだった。小学6年生の頃は|腹筋《ふっきん》が一回もできなかった。|猫背《ねこぜ》だったし、たしかに、腹筋が育っていなかったせいか、足が走っているようだと言われたこともある。それでも足は早い方だったし、そのうち腹筋も|難《なん》なくできるようになっていた。最初からできたわけではない。たぶんできなかったから努力したのだと思う。年の|離《はな》れたきょうだいに置いていかれまいと、自分のポジションを|確保《かくほ》するためと、その|延長線《えんちょうせん》だったと思う。

好きではないことをしていたら……。

好きではないと言いつつ、体を鍛える=筋トレと思っていたので、数年前までは週2くらいのペースでアプリを使って筋トレをしていた。でも、どうも筋力トレーニングをするとアドレナリンが出過《です》ぎるようで、妙《みょう》にテンションは高くなるし、なんだかアグレッシブな自分を発見してしまった。できない自分にイライラする日や、できたとしても次の|達成感《たっせいかん》が|欲《ほ》しくなってしまう日があり、このままだと|魔《ま》のループに入る|予感《よかん》がしたのでスッパリやめた。

そもそも、体を|鍛《きた》えたいというよりは、健康を|保《たも》ちたいという気持ちの方が強かった。そもそもさ、そんなに鍛えてどうするの? 目指す方向違うくない?そんなことを自分に問いかけながら、同じアプリに入っていたヨガのプログラムを始めてみることにした。|瞑想《めいそう》は以前から少しずつ|習慣《しゅうかん》にしてきたので、心も体も|整《ととの》えるヨガはピッタリじゃないかと、なんだかスッキリした気持ちになった。

好きな時に、好きなだけ。

運動というと、体を|終始《しゅうし》動かしているイメージだけれど、ヨガは呼吸とポーズが|中心《ちゅうしん》だ。そして、ヨガは心と体を|調整《ちょうせい》するためにポーズをとるのだそうだ。
ポーズにはそれぞれいくらか|余白《よはく》のようなものがある。少し難易度の上がるポーズでも必ずインストラクターの人が、同じようにできなくてもいいんです、人それぞれの型があるので気にしなくていいですよ、というようなことを言ってくれる。

ヨガをはじめてから間もないけれど、「体を動かす」ときの起点が変わったように思う。例えば、|小指《こゆび》を動かすといった体のほんの一部を動かす動作だけでも、実は、からだ全体を使っていることとか、力の|伝《つた》わり方というか、すべては呼吸から始まっているようだ。そういえば、1年間だけ通った空手教室でも、突きの前に呼吸を|教《おそ》わったことを思い出した。

そして最後になるが、ヨガには何より、休むポーズがある。マットの上に寝っ転がり、背中で地面を感じながら呼吸する体に|意識《いしき》を向ける。きこえてくる音、日光が肌を|照《て》らす感じをそのまま受け取り、その|状況《じょうきょう》や気持ちを心の中でことばにしてみる。外の|刺激《しげき》に翻弄|《ほんろう》されやすいわたしなので、意識を自分に戻すというところが何よりわたしに向いているのだろう。
また、その日の|結果《けっか》を求めないと言うところも、気に入っている。一日いちにちの結果は10年前、3年前、一年前、半年前、3ヶ月前、そして昨日の自分の気持ちや行動の結果という。一つひとつを整えて、「ゆっくり、ゆったり」呼吸をしよう。そうヨガは言ってくれているように思う。

そういうところが好きになり、最近はヨガをするのが楽しみだ。
好きな時に好きなだけ。
休むポーズだけでもいい。

そして、はじまりに|戻《もど》る。

商品の紹介